1923年(大正12年)の休山まで約400年にわたり採掘が行われ、最盛期には世界の銀産出量の3割 を占めたと言われる日本の銀。その大部分が石見銀山で生産されていたと考えられています。 世界遺産の鉱山遺跡は世界に15箇所あり、アジアでは1箇所です。
良質な銀を輸出しアジア・欧州との交流をもたらしたこと、鉱山開発の伝統的技術や遺跡が良好に残されていること、自然と共生しながら銀生産を実現させてきたことなどが評価されています。構成資産としては、 ①銀鉱山跡と鉱山町、②鉱山と港をつなぐ街道、③銀を積み出した港と港町。 石見銀山内には500以上の間歩(まぶ、銀鉱山を採掘した坑道のこと)があり、一帯には広葉樹を含む森林が多く残っています。
写真の龍源寺間歩は江戸中期に開発され、全長600mのうち約270mが有料公開されているようです。